メンバー / 知っておきたい歴史
Mas Yazawa ヤジー・オズボーン
(sings and plays guitar)


妹と弟を持つ長男。バンド内一番のフェミニスト。似ている芸能人は劇団ひとり。ニルバーナのカート・コバーンに憧れてギターを始めた。カートに憧れて髪も伸ばしたが失敗。

Kenji 拳痔
(sings and plays the bass)


2009年に暗内が脱退した直後に行われたオーディションで見事1万4000人の中から選ばれた実力派ベーシスト/ボーカリスト。16歳の時に右肩にRasputinの頭文字、Rの入れ墨を入れたほどのRasputinファン。恥ずかしいのか、Rではなく暗内のKだとなぜか言い張る。頼めば気軽にチンポコを見せてくれる愛想の良い元ボーイスカウト。

Yoshi W. 白人
(can only play the drums)


兄と姉を持つ末っ子。見ての通り、赤ちゃんの頃は一番かわいくなかった。バスケ部に入部を拒否された高校時代、スポーツと勘違いしてドラムを始めた。 似ている芸能人は山田花子、グォン・サンウ。好きな芸能人はボア。


これだけは知っておきたいHistory

1996/10月 コピーバンドとして結成
倉内(g),矢沢(g),山口(b),渡辺(dr)。最初にコピーした曲はnirvana。当時渡辺はスティックを持ってなく、ハンガーを使って叩いてた。みんな悲しいほど下手だった。

1996/12月 初ライブ
初めて人前で演奏。やった曲はdecendentsのcoffee mug, sex pistolsのanarchy in the UKとGod save the Queen。確か渡辺がこのライブのためのフライヤーを作ったのだが、そのフライヤーは渡辺の部屋にしか張ってなかった。メンバーの高校生活というと、渡辺はバスケ部の入部テストに落ちる。矢沢はなぜかラグビー部。そして倉内もつられてなぜかラグビー部に入った。

2000/6月 初体験
Crouch記念すべき初体験。

2001/6月 初ライブ
横浜Club24にてオリジナル曲で初ライブ。ライブの録音を聞いた山口に「歌下手すぎ」と倉内と矢沢、けなされる。

2001/12月 3ピース
人間関係のこじれでベース山口脱退。「おれ、ギター買ったばかりだから」と主張する矢沢に押され、嫌々倉内がベースに転向。この時初めてこのバンドにギター二人もいらないことに気付く。

2002/3月 Ahous Life企画
Ahous Lifeの企画に呼ばれた。着火MEN、Sunset Flip, Doing LIfeなどと出会う。3ピースになって音がすっきりした。このライブに出ていなかったらいまだにバンド友達ができなかったかもしれない。 この延長で左廻などとも友達になる。

2002/8月 初体験
一年遅れて矢沢初体験。矢沢、倉内、左廻哲郎でささやかなお祝い。

2003/2月 初ツアー
初日に予定されていた名古屋ライブはバンドが集められなかったという理由でキャンセルされ、へこむ。 和歌山、大阪、静岡、富士を回る。ツアーと言っても4箇所だけだけど初遠征ってことでいい経験になった。 夜中、大阪のホテル街で渡辺が歯のない変なおじさんにおちんちんを触られる。渡辺、緊張してたのかツアー最終日に便秘であったことを打ち明ける。 矢沢はスーパー銭湯でメンバーと風呂に入ることを拒む。

2004/夏 初アメリカツアー
確かサンフランシスコ、ロサンゼルスだけだったがアメリカで数本ライブ。倉内、牛みたいな女に逆レープされそうになる。 ツアーに同行していた左廻哲郎、ストリップバーで倉内に現金をせがむ。

2005/春 再度アメリカ
再びアメリカへ。最高に楽しいツアー、大好きなToys That Killなどとも対バン。このツアーについてはここでアルバムを見てね。

2007年くらい Punk's not dead
超大物バンドなんかが出ているパンクロックの歴史ドキュメンタリーに、なぜかRasputinが日本のバンドとして一瞬取り上げられる。渡辺、25歳で遅咲きの初体験、記念ライブで涙を流す。

2009年 メンバーチェンジ
2009年に発売したMatterとのスプリットアルバム、New Continentのアメリカツアーを行うと勘違いした暗内が渡米。そのまま音信不通となる。日本に残った二人は後任メンバーの拳痔を迎え活動を再開。